3.日米の詐欺被害者属性の共通点
前章では、米国の詐欺被害者調査の結果を紹介しましたが、次に、わが国で行われた同様の調査結果を簡単に紹介し、日米に共通する詐欺被害者の属性を検討してみたいと思います。
広島大学では2020年、全国約17,000世帯(有効回答数11,218世帯)を対象に過去三年間の特殊詐欺被害の有無と回答者の社会経済的属性を調査しています。同調査は、被害者属性を含む調査としては、わが国初の試みです[1]。その結果を分析した論文によると、まず、過去三年間に何らかの詐欺を経験した割合は、4.97%となっています。その内訳を見ると、架空請求詐欺が3.44%、融資保証詐欺が1.16%、還付金詐欺が0.87%となっています。
被害者に遭いやすい人の特徴としては、特殊詐欺の種類によってバラツキが大きいものの、女性より男性、20〜40歳と65歳以上、平均より高い資産保有額、軽率な購買行動などが挙げられています。その一方、学歴や、雇用状況、年収、老後の心配、家計満足度などの調査項目は被害率とは無関係でした。
本調査で特筆すべきは、特殊詐欺のタイプを問わず、①金融リテラシーが高い人は、詐欺被害に遭いにくいこと、②逆に、孤独感が強い人は被害に遭いやすいことを指摘している点です。両者ともまさしく、前章の米国調査で指摘されていた点と一致します(金融リテラシーについては、第2章の(6)「金融リテラシー」と図表8、孤独感については、同(5)「孤独感」と図表7に示されています)。
なぜ日米共通の被害者属性として金融リテラシーと孤独感が挙げられるのでしょうか。前章(10)「被害を免れた理由」でみたとおり、詐欺犯を相手にしなかったグループは、撃退の理由について、「事前に詐欺全般について知っていた」、「手口について聞いたことがあった」を挙げています。このことは、このグループの人たちは、日頃から金融関係の情報をアクティブに収集していること意味し、金融リテラシーが高いこととも整合的です。また、情報収集に長けていれば、詐欺犯からアプローチがあってからも、自分で検索・調査し詐欺を見破ることでも被害を免れる可能性が高まります。
また、孤独感についても、日米共に、単なる一人暮らしという括りではなく、自己採点に基づいて評価を行なっています。その結果、前章(5)でみたように、孤独感が強い人は、詐欺犯からの申し出を周囲の人と相談しなかったたり、相談する人がいないため、詐欺被害に遭いやすくなってしまいます。
また、日米調査でこうした共通項が見つかるということは、詐欺の手法に共通点があることを示唆しています。その根幹となるのが、前章の(4)で少し触れた心理学を応用した説得的話法の悪用です。詐欺犯は、説得的話法のテクニックを応用して、政府関係者や公務員など公的機関の職員を騙ったり、「お宅の息子さんが交通事故に遭った」など恐怖を喚起したり、「今すぐ現金が必要だ」と迫ったりします。その結果、被害者は犯人の望んだ行動をとるようにしむけられてしまいます。
詐欺犯が持ちかけるストーリーや送金手段等は、当然のことながら、社会環境や慣行、その時々の流行などを映じて日米で異なっていて当然です。しかし、会話の根幹をなす部分では、犯人が説得話法を用いて心理面の動揺を誘い、一種の興奮状態に陥らせて金銭を詐取しようとするテクニックは共通しています。詐欺被害の予防を考える際には、詐欺犯のストーリーを周知することにとどまらず、詐欺被害の基本的なメカニズムについても消費者の理解を深めていくことが、効果的な詐欺予防策につながると考えられます。
4. コロナ禍で急増するロマンス詐欺
(1)ロマンス詐欺の急増
わが国同様、米国でもコロナ禍を悪用した新しいタイプの詐欺が増加しているようです。例えば、①新型コロナの予防法・治療法と称して公認されていない医療行為を売り込む、②ワクチン接種や抗体反応テストを受けるためと称して、手数料名義の金銭を要求したり、個人情報を聞き出したりする、③サプリメントなどをコロナ治療薬として売り込む、④コロナ禍に苦しむ人への経済的援助をソーシャルメディア上で応募し、応募者の個人情報を盗み取る、などです。
第1章でとりあげたFTC(連邦取引委員会)のまとめによると、コロナ禍に関連した詐欺行為は、2021/6月までに50万件以上の苦情が寄せられ、被害額が4.6億ドル(1ドル=120円換算で552億円)に上っています。
特筆すべきは、FTCや連邦議会上院の報告書が、コロナ禍でいわゆるロマンス詐欺の急増に警告を鳴らしていることです。ロマンス詐欺は、デート系サイトや、フェイスブックやインスタグラムなどで犯人側から突然連絡があることから始まります。犯人は、インターネットで見つけた魅力的なプロフィール写真を添付し、(事前に被害者の公開されているプロフィールから探し出した)共通の趣味があるなどとアピールしてきます。コロナ禍でのロマンス詐欺急増の背景には、リモートワークの普及で自宅からのSNS利用ニーズの急増が挙げられます。
犯人側は、SNSを通じて頻繁に被害者にアピールしてくる反面、遠隔地に居住している、兵役中であるなど様々な言い訳で、「面会はできない」と言い張ります。その一方で、自分に健康問題が生じた、失業した、ロックダウンで帰宅できない、などコロナ禍の影響にかこつけて被害者の同情を引こうとすると共に、「金銭的に困っているから送金して欲しい」と訴えてきます。
こうした要請に対し被害者は、送金することが人助けになると思い込み、しばしば、犯人に言われるがまま、振り込んでしまうようです。さらに、こうした送金はしばしば複数回に及ぶことが多いようです。これに加え、悪質なケースでは、「相続した現金や仕事上の売上金を運ぶのを手伝って欲しい」と犯人から要請され、これに応じてしまうと、犯罪行為によって獲得した資金の洗浄(マネーロンダリング)という別の犯罪に加担したことになってしまうので注意が必要です。
ロマンス詐欺には、他の詐欺にない特徴が二つあります。
第一は、詐欺の性質上、被害者の当惑から他の詐欺に比べても、当局への過小報告が大きく、被害の全貌が見極めにくいことです。
第二は、他の詐欺に比べ、一件当たりの被害額が大きくなる傾向があることです。被害額は、年齢とともに増加する傾向があります。例えば平均損害は、30代が約2,000ドルであるのに対し、70代以上は9,000ドルに達しています[2]。
(2)ロマンス詐欺対策
連邦議会報告書では以下の注意点を呼び掛けています。
- 犯人の写真・プロファイル・名前をインターネットで検索し、犯人以外にも該当者がいないかどうか、確認する。
- 自分の写真を相手に安易に送らない。また、ソーシャルメディア上に自分の趣味などを掲載するのは、慎重にする。
- 犯人側は性急に、二人の出会いは「運命」、「定め」などと畳み掛けてくるので、警戒する。また、相手に幾つもの質問をする。
- 相手が安易にオフラインに移行したがったり、話がうますぎると感じたりしたら、警戒する。
- ソーシャルメディアで相手から昼夜関係なく、素早い返答が返ってくるようであれば、警戒する。
- 面会を約束しても口実を設けていつもキャンセルする場合には注意する。
- インターネット上でしか知らない相手に金銭を送ってはならない。
- 他人の送金に自分や友人・親族の銀行口座の利用を許してはならない。
(おわりに)
以上みてきたように、米国でもわが国同様、消費者をターゲットとした詐欺被害が急増しています。第一章で紹介したように、詐欺の種類も、還付金詐欺(納税詐欺)やオレオレ詐欺、サポート詐欺などが横行しており、最近のコロナ禍ではロマンス詐欺など新手の詐欺も増えています。年間の被害金額規模は、わが国の10倍以上に達しており、米国連邦議会上院も相談窓口を設けるなど、各種対策が講じられています。
第二章で米国の詐欺被害者の属性調査の結果を紹介しましたが、①電話に比べ、ウェブサイトやソーシャルメディアでは、犯人に誘導されやすいこと、②犯人が政府機関や銀行等の職員になりすましたり、犯人からの申し出を判断する際に時間的余裕が与えられなかったりするなど説得的話法が用いられると騙されやすいこと、③孤独感が強い人、金融リテラシーが低い人ほど、騙されやすいこと、④金融機関の窓口やスーパーのレジ係など第三者の介入が有効であること、などが明らかになっています。
第三章では、日米で共通する詐欺被害者の特徴点として、①金融リテラシーが高いほど詐欺被害に遭いにくいこと、②逆に、孤独感が強い人は被害に遭いやすいこと、を紹介しました。金融リテラシーの向上を図るためには、金融教育が重要です。金融教育は、家計管理や資産運用の効率化などを目的として実施されていますが、詐欺被害の抑制にも資することから、より幅広い層への強力な普及活動が望まれるところです。
また、詐欺対策の広報面では、詐欺ストーリーの周知のみならず、説得的話法のテクニックなど詐欺被害に至る基本的なメカニズムについても、消費者の理解を深めていくことも重要です。
以 上
(参考文献)
Federal Trade Commission (FTC) (2019) “Mass-Market Consumer Fraud in the United States: A 2017 Update”, Keith B. Anderson, October 2019
——— (2022a) “Consumer Sentinel Network Data Book”
——— (2022b) Data Spotlight “Reports of Romance Scams Hit Record Highs in 2021”
FINRA Investor Education Foundation (FINRA) (2019) “Exposed to Scams What Separates Victims from Non-Victims?”
Kadoya et al. (2021) “Who Is Next? A study on Victims of Financial Fraud in Japan” Yoshihiko Kadoya, Mostafa Saidur Rahim Khan, Jin Narumoto, Satoshi Watanebe, Frontiers in Psychology, July 2021
U.S. Senate(2021) “Fighting Fraud: Senate Aging Committee Identifies Top 5 Scams Targeting Our Nation’s Seniors Since 2015,” United States Senate Special Committee on Aging
警察庁(2022) 「令和3年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について」
広島大学(2021)「特殊詐欺被害の軽減に金融リテラシーの向上が有効である可能性を提示しました〜特殊詐欺被害リスクを軽減させる方策に科学的なエビデンスを提示〜」、広島大学広報グループ、 2021年7月
福原敏恭(2017)「行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防に関する一考察」、金融広報中央委員会、2017年
[1] 広島大学(2021)およびKadoya et al. (2021)参照。なお、内閣府は、特殊詐欺に関する世論調査を2017年に実施しているが、詐欺被害経験者に限定した設問は設けていない。
[2] FTC(2022b)参照。
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