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46センチのメリット、デメリット

46センチとは、中央線快速のE233系の一人あたりシート幅である。広くなった、と思ったE231系よりもさらに1センチ広い。

たかが1センチというなかれ。体感的にも結構違うのである。ましてや201系や205系とは段違いである。これを特に感じるのが、帰宅時の快速線である。

201系では、皆が肌を触れあわないように、すわると、いわゆる7人掛けシートが、6人で埋まってしまう。もちろん半人分程度のスペースはできるが、ここに座ろうとするには、よほどスリムな女性か、「詰めてください」といえる勇気が必要。後者は得てしてトラブルの元。

かくいう小生も、いつも東京駅から座って帰るのだが、6人掛けで隙間が自分の隣にできて、罪悪感を感じたり、はたまた、デブ男が強引に7人目に座ってきて、肘の押し合いをしたり、ということがままあった。

これがE233系導入とともに大きく変わった。前述のシート幅に加え、鉄パイプによる強制区画がある。これでは6人掛けをしたくてもできない。また、となりが標準体型以下の女性なら、肘が触れあうこともなくなった。永年の問題解決、である。

しかし、である。利用者がE233系慣れするに従って、別の問題が生じてきた。たとえば、膝の上に抱えた通勤鞄から本を取り出そうとすると、当然肘が出っ張る。すると、それまで何ら干渉していなかった隣の人と一時的であるが、さわってしまうこともありうる。すると、隣の客が女性だと、露骨にいやな顔をする人がいるのだ。もちろんケース・バイ・ケースである。肘を出した僕も悪い。しかし、少しでも触ったら露骨にいやな顔をされるのはいかがなものか。

というわけで、E233系にフィットした座り方をマスターせねばならない。でも依然としてE233系がくると、ほっとする今日この頃である。

8/27日記

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最後の奮闘、中央線201系量産第一編成

週末、中央線各駅停車を待っていたら、快速線を201系が走り抜けた。それだけでは、数を減らしたとはいえ、まだまだ活躍する201系のなんということもない光景なのだが、運転台の編成番号をみると、「1」とある。

車号を確認すると、東京よりの付属編成が、クハ201-1などすべて1で構成されている。高尾よりの基本編成は、モハが2と3のペア、クハが奇数、偶数とも2、といういわば、201系の量産第一編成である。

廃車が近づいても、オリジナルの組み合わせで中央線から転属もせず走り続けてきたことを如実に示している。改めてご苦労様と言いたい。そして原形を保ったまま大切に使われてきたことに現場の方々の思いやりを感じる。

現在E233系にあわせ、201系の分割可能運用車は、編成の組み換えをして基本編成を東京寄りに組みなおしている。逆にこの第一編成のように、機構的には分割可能でも基本編成の位置が異なるものは貫通編成として扱われて運用されている、と聞く。

最後まで頑張って走りぬいてほしい。

8/26日記

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「洋上のインテリア」:船内装飾と建築にみる近代日本デザイン

横浜の日本郵船歴史博物館において開催されている「洋上のインテリア」を見に行った。

「洋上のインテリア」とは、戦前の豪華客船に用いられた、食堂や客室などの贅をつくしたインテリアのことである。船で欧米に行く、ということ自体、今では想像がつかないのだが、戦前は飛行機での旅行はまず考えられず、船旅が主流であったようだ。

そこで当時の国民の豪華客船に対する注目度も今では考えられないほど高く、展示資料によると、日本郵船が内装を欧米の会社に依頼したところ、国内各所から「なぜ国内の会社を利用しなかったのか」という声が上がったという。

もちろん、不幸な戦争に突入する前まで作られていた客船は国内のデザインが用いられており、しかも北米、欧州、南米と航路によって異なる客層に応じてインテリアのテーマも変えられていたという。

展示されていたのは、設計図ではなく、一種のイラストというか、完成予想図のような形で船室を描いたものだ。とても精巧にできており、しかも長い時間が経ているにもかかわらず、色褪せた感じも少ない。

そして、そこで使われている色彩感覚やデザインはまさしく戦前独自のものであり、当時の豪華客船の雰囲気を偲ばせるものである。

ちなみに横浜の日本郵船歴史博物館は、戦前の建物の一階を博物館に改装したものであり、当時の雰囲気を偲ぶことができる。また、とても清潔に保たれており、同社の神経の細かい扱いを十分に感じることができるものである。

8/26日記

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